第百三十六話
*
そうして。
俺と氷上は湯朝の親が引っ越そうとしていたその地域に移動した。
ただ問題がある。
まだ1件目の不動産に入ってもいないのに、夫婦の演技を始めた氷上の行動があまりにもこわばっていた。
夫婦を演じるなんて実は大したことない。仲の良いふりをしながら話さえ上手くできればいいのだが。氷上は、夫婦という単語に執着しすぎて完全にロボットだ。
俺の隣を歩く姿があまりにぎこちない。
ロボットダンスを踊りながら歩く姿というか。
氷上は演技とはかけ離れている。離れすぎている。
演技に長けているのは、むしろ九空の方だ。
援交をしようと言っていた彼女の姿は主演女優賞も顔負けだった。
違和感なんていうのは全くなかった。
「ひ、氷上さん?不自然すぎるよ。ロボットじゃないんだから、普通に自然にしてて」
「あ……。うん」
うーん。こわばってる。
こわばりすぎだ。夫婦どころか恋人という感じもしない。
偽装夫婦ではなく、ただの怪しい2人組だ。
「んー。氷上さん!俺が腕を組んでみるよ」
「え?」
そこで、俺の方から腕を組んだ。逆の方が自然だが。まあどうでもいい。
「こうしたらどう?」
「いいいいいい、いいと思う!」
氷上がものすごい勢いでうなずいた。いや、全く大丈夫そうには見えないけど?
このままじゃ無理だ。
特別講義でもすべき状況から、近くの小さい遊園地のベンチに座った。
「とりあえず座ろう。もう1回説明するから」
「説明?」
「うん。落ち着いて、じゃあ氷上さんの方から腕を組んでみる?本当はその方が自然な絵になるんだ。さっきよりは」
その時、突然氷上が立ち上がった。
「美憂奈。今の何それ?」
いつの間にか俺たちの周りを何人かの女が取り囲んでいた。
何だろうと思い、氷上を見つめた。
氷上はとても慌てた顔で後ずさりをした。
氷上が後ずさりをするなんて。
それ自体があまりに驚きの状況。
「今、男と遊んでる場合?呆れた」
「ほんと、ブサイクのくせに男だなんて」
いや、待てよ。
驚きの渦中に台詞が荒唐すぎてかっとなりそうになったが、ひとまず我慢した。
ブサイクなのはそっちだろ?
「先輩たちがどうしてここに?」
「はあ?道場のすぐ近くでそんなことを言ってるお前の頭の中はどうなってるわけ?」
そうか。
この女たちの正体はわかる気がした。
氷上の先輩たちであることには間違いなかった。
「今、道場は大騒ぎなのに男なんかと腕組んでる場合?それもこんな弱そうなやつと?チッチッ」
魅力値をたくさん上げておいたら、とんでもない話を聞かされるな。
「な、何か大変なことでも?何も聞いてないけど……」
「へー?何も聞いてないって?」
毒舌を飛ばしているのは1人だけだ。1番先輩に見える女。他の女たちは互いに見つめるだけで何も言わなかった。
「ちょっと言い過ぎでは?俺たち仕事中でしたが」
「この間抜けが何をほざいてんの?」
その女が俺にも毒舌を飛ばした。
氷上がそれに激怒して盾突く姿を見せた。後ずさりまでしていた氷上が。
「先輩。そんな言い方は!それに、長谷川は強いんです!」
「こいつ、本当。はぁ、最近ちょっと勝つようになったからって頭までおかしくなっちゃった?すぐに何が起きたのか説明して連れて来て。二度とあのふてぶてしい表情ができないようにね!」
女はそう叫んだ後、俺の肩を故意に押した。
「どいて」
すると歩き始めて、その後ろを他の女たちがぞろぞろとついて行った。
1人だけを残して。
その残った1人が氷上に言った。
「美憂奈。これはちょっとひどいわ。今、師匠が失踪して大騒ぎなのに……!」
「先輩、今何て?師匠が失踪?」
氷上があまりに驚いた顔で聞き返した。
俺も少し驚いた。
氷上の師匠が失踪しただと?
何でこんなに失踪者が多いんだよ。
まさか、こっちの失踪と関連があるのか?
いや、それは違うか。
こっちは経験豊富なプレイヤーだ。
関連性はないだろう。
「そういうことだから今すぐついて来て!全員収集だから!」
「わ、わかった!」
そう説明をした氷上の先輩は俺にも頭を下げてあいさつをすると背を向けた。
「氷上さん、大丈夫?」
氷上は大丈夫そうではなかった。とても慌てた顔だ。
「ごめん!あっちに行かなきゃ!」
「そんなの当然だろ。師匠が失踪したっていうのに、夫婦のふりなんてしてる場合じゃないだろ」
「ごめん……」
「他に方法を探してみるから、こっちの心配はしないで早く行ってどういうことなのか調べてみて。何かわかったら俺にも知らせてくれ!」
「わかった。行くね!」
氷上は苦り切った顔で先輩たちの方に向かって走って行った。
おかげで独りになった。
現時点では、あっちのことは俺のことではない。
俺は自分の攻略に集中しなければならない。
さては、独りで動くべきか?
他の誰かに夫婦のふりを頼んでみる?
演技が上手い女か。
氷上とは比べ物にならないくらい演技の上手い女がいるにはいる。
幼く見えるのが問題だが、早く結婚する夫婦がいないわけではない。
不動産業者を納得さえさせられればいい話。
むしろ、ロボットのような氷上の演技よりはこっちがマシかもしれなかった。
とりあえずは頼んでみるか?
素直に協力してくれる女ではない。
断られたら、その時はまた他の方法を探せばいい。
そんな結論を出して携帯を取り出し、九空に電話をかけた。
呼出音が鳴るやいなやすぐに声が聞こえてきた。
「何?おじさん」
今となってはとても聞き慣れた声だ。
*
そうして。
俺と氷上は湯朝の親が引っ越そうとしていたその地域に移動した。
ただ問題がある。
まだ1件目の不動産に入ってもいないのに、夫婦の演技を始めた氷上の行動があまりにもこわばっていた。
夫婦を演じるなんて実は大したことない。仲の良いふりをしながら話さえ上手くできればいいのだが。氷上は、夫婦という単語に執着しすぎて完全にロボットだ。
俺の隣を歩く姿があまりにぎこちない。
ロボットダンスを踊りながら歩く姿というか。
氷上は演技とはかけ離れている。離れすぎている。
演技に長けているのは、むしろ九空の方だ。
援交をしようと言っていた彼女の姿は主演女優賞も顔負けだった。
違和感なんていうのは全くなかった。
「ひ、氷上さん?不自然すぎるよ。ロボットじゃないんだから、普通に自然にしてて」
「あ……。うん」
うーん。こわばってる。
こわばりすぎだ。夫婦どころか恋人という感じもしない。
偽装夫婦ではなく、ただの怪しい2人組だ。
「んー。氷上さん!俺が腕を組んでみるよ」
「え?」
そこで、俺の方から腕を組んだ。逆の方が自然だが。まあどうでもいい。
「こうしたらどう?」
「いいいいいい、いいと思う!」
氷上がものすごい勢いでうなずいた。いや、全く大丈夫そうには見えないけど?
このままじゃ無理だ。
特別講義でもすべき状況から、近くの小さい遊園地のベンチに座った。
「とりあえず座ろう。もう1回説明するから」
「説明?」
「うん。落ち着いて、じゃあ氷上さんの方から腕を組んでみる?本当はその方が自然な絵になるんだ。さっきよりは」
その時、突然氷上が立ち上がった。
「美憂奈。今の何それ?」
いつの間にか俺たちの周りを何人かの女が取り囲んでいた。
何だろうと思い、氷上を見つめた。
氷上はとても慌てた顔で後ずさりをした。
氷上が後ずさりをするなんて。
それ自体があまりに驚きの状況。
「今、男と遊んでる場合?呆れた」
「ほんと、ブサイクのくせに男だなんて」
いや、待てよ。
驚きの渦中に台詞が荒唐すぎてかっとなりそうになったが、ひとまず我慢した。
ブサイクなのはそっちだろ?
「先輩たちがどうしてここに?」
「はあ?道場のすぐ近くでそんなことを言ってるお前の頭の中はどうなってるわけ?」
そうか。
この女たちの正体はわかる気がした。
氷上の先輩たちであることには間違いなかった。
「今、道場は大騒ぎなのに男なんかと腕組んでる場合?それもこんな弱そうなやつと?チッチッ」
魅力値をたくさん上げておいたら、とんでもない話を聞かされるな。
「な、何か大変なことでも?何も聞いてないけど……」
「へー?何も聞いてないって?」
毒舌を飛ばしているのは1人だけだ。1番先輩に見える女。他の女たちは互いに見つめるだけで何も言わなかった。
「ちょっと言い過ぎでは?俺たち仕事中でしたが」
「この間抜けが何をほざいてんの?」
その女が俺にも毒舌を飛ばした。
氷上がそれに激怒して盾突く姿を見せた。後ずさりまでしていた氷上が。
「先輩。そんな言い方は!それに、長谷川は強いんです!」
「こいつ、本当。はぁ、最近ちょっと勝つようになったからって頭までおかしくなっちゃった?すぐに何が起きたのか説明して連れて来て。二度とあのふてぶてしい表情ができないようにね!」
女はそう叫んだ後、俺の肩を故意に押した。
「どいて」
すると歩き始めて、その後ろを他の女たちがぞろぞろとついて行った。
1人だけを残して。
その残った1人が氷上に言った。
「美憂奈。これはちょっとひどいわ。今、師匠が失踪して大騒ぎなのに……!」
「先輩、今何て?師匠が失踪?」
氷上があまりに驚いた顔で聞き返した。
俺も少し驚いた。
氷上の師匠が失踪しただと?
何でこんなに失踪者が多いんだよ。
まさか、こっちの失踪と関連があるのか?
いや、それは違うか。
こっちは経験豊富なプレイヤーだ。
関連性はないだろう。
「そういうことだから今すぐついて来て!全員収集だから!」
「わ、わかった!」
そう説明をした氷上の先輩は俺にも頭を下げてあいさつをすると背を向けた。
「氷上さん、大丈夫?」
氷上は大丈夫そうではなかった。とても慌てた顔だ。
「ごめん!あっちに行かなきゃ!」
「そんなの当然だろ。師匠が失踪したっていうのに、夫婦のふりなんてしてる場合じゃないだろ」
「ごめん……」
「他に方法を探してみるから、こっちの心配はしないで早く行ってどういうことなのか調べてみて。何かわかったら俺にも知らせてくれ!」
「わかった。行くね!」
氷上は苦り切った顔で先輩たちの方に向かって走って行った。
おかげで独りになった。
現時点では、あっちのことは俺のことではない。
俺は自分の攻略に集中しなければならない。
さては、独りで動くべきか?
他の誰かに夫婦のふりを頼んでみる?
演技が上手い女か。
氷上とは比べ物にならないくらい演技の上手い女がいるにはいる。
幼く見えるのが問題だが、早く結婚する夫婦がいないわけではない。
不動産業者を納得さえさせられればいい話。
むしろ、ロボットのような氷上の演技よりはこっちがマシかもしれなかった。
とりあえずは頼んでみるか?
素直に協力してくれる女ではない。
断られたら、その時はまた他の方法を探せばいい。
そんな結論を出して携帯を取り出し、九空に電話をかけた。
呼出音が鳴るやいなやすぐに声が聞こえてきた。
「何?おじさん」
今となってはとても聞き慣れた声だ。